『エール』の時代の作曲家たち④ 箕作秋吉と《芭蕉紀行集》

戦前の古関裕而氏も関わりを持った新興作曲連盟。その後に若手音楽家たちの巣窟となっていくこの集団は箕作秋吉(みつくり しゅうきち)の呼びかけにより1930年に発足されました。   箕作秋吉(みつくり しゅうきち)について

箕作秋吉(1885〜1971)は、美作国津山藩(現岡山県)で侍医を務め蘭学、医学、キリスト教を学んだ曽祖父、東京帝国大学の歴史学者であった父を持つという江戸時代から続く学者一族に生まれました。中学では「♪まさかりかついて金太郎~」の作曲者田村虎蔵の音楽の授業を受けました。田村の教育は画期的で、基礎的な学習を終えると各人に芸術歌曲を教えて助長するという方法をとり、箕作もシューベルトの《セレナーデ》を習いました。しかし、厳格な父から音楽への道は許されず、東京帝国大学工学部を卒業後、ベルリンに留学。ドイツで物理化学を研究する傍ら、ゲオルグ・シューマンに作曲を師事しました。

帰国後は海軍技術研究所に勤務する傍ら作曲の勉強を続け、1929年に五度圏和声と日本の音階を結びつけた彼独自の作曲理論を提唱した『国民音楽に就いて』を発表し、「日本的和声」「日本的作曲」というトピックの流行の着火役となりました。  

和声論と「日本的」なもの

五度というのは、ドとソの関係で西洋音楽においてもルネサンス時代後期以降、今に至るまで私たちが親しんでいるハーモニーの中で最も大切な音程です。ドの響きとソの響きは空気の振動比にすると2:3。箕作はこの比率をきっかけとして  3/2 の累乗から出てくる音を彼の理論の根底としました。つまりは彼の音楽へのアプローチは多分に科学者的であり、それが彼のいちばんの個性といえます。箕作は、ギリシア音楽から東洋音楽、また最新の12音技法にいたるまで、その五度圏和声論での説明を試みています。こうした態度は彼のロマンティックでパワフルな人間の現れのように感じられます。 当時の日本人作曲家たちが直面していた課題の一つに、日本の旋律にどのように西洋音楽としての和声をつけていくかという問題がありました。 西洋の古典的な和声では、その旋律の本来の魅了を表現することができない… では、どのような和音が必要なのか… こうした疑問に対して、五度圏和声論の形でいち早く答えようとし、アクチュアルに作品化していったのが箕作秋吉でした。そんな中、雑誌を賑わせた事件がありました。「日本的作曲」論争です。  

「日本的作曲」論争

きっかけとなったのは、当時東京音楽学校で教えていた作曲家クラウス・プリングスハイムの《管弦楽のための協奏曲》と彼が発表した論文「日本作曲家の運命的な一問題」です。プリングスハイムはこのように主張します。 「この国において一種の日本的様式を生み出しているのは、印象派、時には印象派的管弦楽の、遂行的というよりはむしと暗示的な諸方法である。・・・この日本的様式は、原則上の困難をきっぱりと克服すつというよりは、むしろこれを逃避するところに認められる一つの応急手段的な様式」でしかない。 当時の若手作曲家たちが見ていたヨーロッパ音楽は、ドビュッシーなど印象主義以降の音楽でした。長いヨーロッパ音楽の歴史をみると、数百年にわたって培われてきたハーモニーの原理を一夜にして覆そうとしているようにも見える20世紀初頭の様々な作曲思想に対して、主にドイツ系の作曲家たちを中心に反論がありました。プリングスハイムからすると、日本の若手作曲家たちによる新しい作曲思潮もそのような批判すべき文脈の中にあるように見えたのでした。 もとより、日本人作曲家たちは、日本において洋楽をどのような形で取り入れていくことができるか、真剣に悩みながら創作を続けてきました。いくら偉い先生とはいえ、外国人作曲家にその答えのようなものを出されていい気分がするはずもありません。これも同時代の作曲家清瀬保二(きよせ やすじ)は以下のように反論しています。 「我らにとっては彼らが感じる五度音階よりも、ずっと複雑な内容を感じ、表現力を持っているのである。これは紙上の理論的問題ではなくて、実感の問題なのである。・・・プリングスハイム氏が、この日本人の内容要素に対して、もっと深く研究されることを希望する」 私自身は、両者の主張に正解はないと思っています。当時の日本人作曲家の目指していた方向にひたすら突き進めば、本来音楽の持っている豊かな楽想の展開、心躍るハーモニーとリズムというものはなくなってしまいます。鹿威しの音一つが音楽だという世界に突き進んでしまうでしょう。一方で、新しい文化を取り入れる中で新しものを創造することなく、無批判に移入するだけでは、それは日本独自の魅力がなくなり、洋楽はヨーロッパのものという悲しい結末が待っているでしょう。(はたして、今はどういう状況といえるのか…。) そういう意味で、この論争は二律背反でも不毛なものではなく、善意と熱意ある両者の主張が昇華され受け継がれてこそ意味があるのではないかと思っています。  

《芭蕉紀行集》

と、また話がそれてしまいましたが、箕作秋吉《芭蕉紀行集》はそんな時代に、箕作が主張した五度圏和声論を純度100%取り入れて試みられた作品集です。この作品は1950年、戦後、日本人作品として初めてベルギーにおける国際現代音楽祭で演奏されました。芭蕉の俳句を歌詞とした10曲からなる歌曲集。10の俳句をご紹介して今回の記事を終わりにしたいと思います。  

野ざらしを 心に風の しむ身かな

馬に寝て 残夢月遠し 茶のけむり

海くれて 鴨の声 ほのかに白し

冬の日や 馬上に氷る 影法師

あらたふと 青葉若葉の 日のひかり

閑かさや 岩にしみいる 蝉の声

荒海や 佐渡によことふ 天の川

五月雨の 風吹きおとせ 大井川

菊の香や 奈良には古き 仏達

旅に病て 夢は枯野を かけ廻る    

『エール』の時代の作曲家たち⑤ につづく…

『エール』の時代の作曲家たち③ 江文也と《生蕃四歌曲集》part.2

江文也(1910~1983)は、日本統治下の台湾に生まれ、幼少期に福建省の厦門(アモイ)に移り、13歳まで過ごしました。中学からは長野県上田市で学び、武蔵野高等工業学校に通うかたわら、東京音楽学校選科で声楽と作曲を学ぶと、山田耕筰や橋本国彦らとも関わりを持ちながら音楽家の道を進みました。第一回、第二回の音楽コンクール(日本音楽コンクールの前身)では声楽部門で、第三回から第六回の音楽コンクールでは作曲部門で入賞、入選を続け、多方面で音楽の才能を開花させていきます。国際的にはチェレプニン・コレクションとして《生蕃四歌曲集》を含む6つの楽譜がドイツ、アメリカ、中国、フランス等でも出版され、1936年ベルリンオリンピック芸術部門では山田耕筰らをおしのけて入選を果たしました。映画音楽でも活躍し李香蘭主演『蘇州の夜』の音楽も担当しました。

声楽家としての江文也

1932年、武蔵野高等工業学校を卒業した江は、「卒業式の日にある楽器店に紹介して戴いて或るレコード会社へ声のテストを取って戴いた、そうしたら僕の声がレコードによく合うというので早速忙しい時局ものを吹き込ませられた…」と回想しています。江の歌によって1932年3月に山田耕筰作曲《肉弾三勇士の歌》を日本蓄音機商会(日本コロムビアの前身)から発売されていることから、この回想の中の「時局もの」というのはこのレコードのことであると思われます。

江は、山田耕筰作曲による《日本産業の歌》(北原白秋詩)、《沖の鴎に》(民謡)のほかにもレコーディングの仕事を多く残しています。今私がSiriuSとして日本コロムビアで活動させていただいていることと、なんとも言えないご縁を感じています。

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『エール』の時代の作曲家たち② 江文也と《生蕃四歌曲集》part.1

私が日本の作曲家を勉強するきっかけとなったのは、大学院時代にうけた片山杜秀先生の日本の近代音楽を取り扱った講義でした。 講義を受けたのは2011年。東日本大震災の直後の4月から。皆がこの先の日本はどうなってしまうのだろうと不安を感じていた最中でした。私が関わっていた学生企画のオペラも中止、プロの舞台にも軒並み影響が出ていた状況は、今日の状況とリンクします。 音楽なんて無力じゃないか? 続けていく意味なんてあるのか? そういう思いを抱いていました。 片山先生の講義では、政治や経済など社会の出来事と音楽との関わりを、先生独特の情熱を込めて語って下さり、戦前〜戦後の日本の音楽のあり方の概観を私なりにイメージすることができるようになりました。 その時目の当たりにしたのが、過去の日本を生きた作曲家のエネルギッシュな姿でした。西洋音楽を本格的に取り入れはじめた明治以降の日本は、世界のどの国も経験したことのないスピード感で変動していきます。戦争も大きな出来事でした。日清日露戦争、第一次対戦による特需から第二次対戦の敗戦…。そうした国家的な大きな物語の中で蠢くように音楽家たちは創作しています。 音楽が広く人々に聴いてもらうメディアである以上、社会とその時代の音楽は切っても切り離せません。私はダイナミックな日本の近代史の中にあって、一人一人の作曲家がどのような情熱をもって生きたのかということに興味を持ち、大学院での研究課題として日本人作曲家を取り上げることにしました。続きを読む →

2020.11.5 NHK連続テレビ小説『エール』第104回出演

11月4日に引き続き、翌5日のエールにもオペラ歌手役として出演させていただきました。NHKの『エール』のサイト番組表サイトTwitterInstagramでも紹介していただいています。

私が大学院修士課程時代に研究した作曲家、江文也(こう ぶんや)はバリトン歌手としても活躍し《タンホイザー》や《ラ・ボエーム》を演奏しました。原語でオペラが上演されるようになって間もないころに日本人声楽家たちの音楽に寄せる情熱。そして録音を通して触れることができるそのクオリティの高さには、いつも背筋が伸びる思いでいます。

当時の作曲界について、私が思うことを文章にしてみました。今後、私が勉強してきた『エール』の時代の作曲家たちについて、少しずつホームページで記事にしてみようかなと思っています。

『エール』の時代の作曲家たち① 新興作曲家連盟——パワーと反骨精神

出演させていただきますNHK連続テレビ小説『エール』。毎朝、その時代の出来事が身近にあるように感じ、大作曲家にも僕たちと同じような人間的な悩み、情熱、挫折、希望があるのだと実感します。

何よりも、戦争という出来事は当時の人々に、僕たちが想像を絶するような経験を強い、またそれにより人間が鍛錬されるということもあったのだと思います。現在の状況を考えた時、コロナウィルスによる社会的な混迷により、戦争とはいかないまでも、多くの苦難を僕たちは味わっているのではないでしょうか?

NHK連続テレビ小説『エール』を通じ、過去の苦境の時代に、情熱をもって生きた人間の物語に触れることができることは、続きを読む →

2020.11.4 NHK連続テレビ小説『エール』第103回出演

NHK連続テレビ小説『エール』にオペラ歌手役として出演させていただきました。

初めてのドラマ出演。本当に素晴らしい作品、現場に関わらせていただき光栄です。

2020年11月4日(水) 総合 8:00〜8:15 (詳細はNHKホームページにて)

大学院時代、私が日本の歌曲を勉強するきっかけにもなった片山杜秀先生の日本音楽史の授業で、映画音楽好きの片山先生が語られる古関裕而氏のマルチな才能に驚いたのを覚えています。 古関氏は、私の修士課程および博士課程における研究課題であった新興作曲家連盟に所属し、また日本コロムビア専属として活動なさったということです。

当時の作曲界について、私が思うことを今後、シリーズで記事にしてみようかなと思っています↓↓↓

『エール』の時代の作曲家たち

ご覧頂けると嬉しいです!

2020.10.16 檜山小学校閉校記念講演会「響き合うことの喜び」

母校の島根県出雲市立檜山小学校が閉校するにあたりお招きいただき、演奏と講演をさせていただきました。

学校の中に入ってみると、今でも広いと感じる校庭、友達と遊んだ遊具、花いっぱいにした花壇、音楽室、そして生き生きと日々過ごす小学生たちの姿に、当時と変わらない素朴な時間が流れていました。

驚いたのは、僕が通っていたころと変わっていない学生たちの雰囲気です。休み時間は元気いっぱいなのですが、集会の時などはしっかりと並び、足並みがそろいます。自分は、そのきっちりした感じがむずがゆく、ふざけて先生から大目玉を食らったことがありますが。。今も変わっていない子供たちの空気感。学校に染み付いた伝統なのだなと思います。

そう思うと、長年この学校の壁に続きを読む →

新たなお仕事

コロナウィルス感染拡大の影響から前期の授業が後期に持ち越しとなっていますが、今年度から東京純心大学で合唱音楽の授業を持たせていただくことになりました。

高校を卒業して、一時、文学部に入学した時から(半年で休学して芸大受験をすることになりましたが)大学での教育にあこがれを抱いていました。

僕の中での大学のイメージは、自分とは違う分野を専門的に勉強している学生、またそれを教授している先生と出会うことができ、自分の想像力と行動力をたくましくすれば様々な知識に無限に触れることができる場所。

とにかく音楽を通じて色々なことに触れ、学ぶことを渇望していた自分にとっては理想の場所でした。今でもその気持ちは変わりません。

僕が音楽をする理由(やめない理由)は、それがなければ触れることがなかった知識、場所、人と出会うことができるから。それにつきます。

東京純心大学には、看護学科とこども文化学科があり、看護師や保育士など、現代社会に欠かすことができない大切な人材を育成する場所です。

合唱は、自分の声と他人の声のどちらも尊重しなければ成立しません。自分の声を大切に、他人の声を尊重して生まれるハーモニー。それが誰かに伝わり、心を動かし人生を前向きにすることができれば最高です。

心を開き、本質的に認め合える場を作るのに必要なこと。勉強中です。

僕に何をすることができるのか、何を伝えることができるのか。

楽しみです。

2020.6.24 LIVING ROOM CONCERT VOL.1

LIVING ROOM CONCERT VOL.1に出演いたします。
ライブストリーミングでお送りしますので、是非自宅で気軽にライブコンサートの臨場感を楽しんで頂ければと思います!
6/24(水)20:00 Start(21:30終演予定)
岡幸二郎(司会・歌)、コロンえりか(ソプラノ)、麻衣(歌)、SiriuS(ヴォーカル・デュオ)、山中惇史(ピアノ)
一般発売:6月4日(木) 12:00 ~ 6月24日(水) 23:00
チケットの申し込みURL:https://eplus.jp/tvumd0624
※公演当日の23:00までに購入されたチケットをお持ちのお客様は、
翌日の20:00まで本公演をご覧いただくことが可能です。
チケット:2,000円(税込)

主催:日本コロムビア/テレビマンユニオン
共催:イープラス・ライブ・ワークス
公演に関するお問合せ:テレビマンユニオン TEL:‪03-6418-8617‬(平日10時ー18時)
Streaming+に関する問合せ https://eplus.jp/streamingplus-userguide/

森のタンブラー

アサヒビールに務める中学の同期、古原徹くんが開発した「森のタンブラー」(ソーシャルプロダクツ・アワード2020、生活者審査員賞受賞)の展示を見に大丸東京へ。
フェスや野外イベントでのプラスチックカップの削減のため、植物由来の廃材を主原料としてアサヒビールとパナソニックの共同で生まれたカップ。古原くんいわく、泡の出方が違うそう。

同級生が、学んできた知識や技術を社会に役立てて活躍していることは、とても大きな励みになります。


エコ×ウルトラライト×おいしいビール
山登りのお伴にも最高の予感。

ぱねえ泡立ち