田中俊太郎です。

声楽家(バリトン)として歌曲、オペラ、宗教作品、ミュージカル、合唱指導、声楽指導を専門のフィールドとして活動しております。
日本の歌の奥深さ、面白さを伝えてけるよう活動してまいります。

このホームページは、私自身の活動のお知らせや、ちょっとした勉強の成果発表の場として活用していこうと思っております。毎日更新!というような感じはなかなか難しいですが、たまにのぞきに来ていただけると嬉しいです。

FacebookTwitterInstagramも細々とやっています。

 

2021.9.16 Menicon SUPER CONCERT 歌劇《あしたの瞳〜もうひとつの未来〜》

Menicon SUPER CONCERT 歌劇《あしたの瞳〜もうひとつの未来〜》

2021年9月16日17:30開演

愛知県芸術劇場大ホール

宮川彬良さんの音楽によるこの舞台。見るとは何か、見えるとは何か。ただの歌劇じゃないエネルギッシュな舞台をお届け致します。

700名様無料ご招待のこの舞台。皆様のご来場をお待ちしております。

お申し込みは、こちらのホームページより。

https://youtu.be/NWdmXIQyaAY

岡田暁生『音楽の危機–––《第九》が歌えなくなった日』とハイドン《十字架上のキリストの最後の七つの言葉》

先日2021年6月27日のハイドン《十字架上のキリストの最後の七つの言葉》本番と、岡田暁生氏著『音楽の危機–––《第九》が歌えなくなった日』(東京:中公新書、2020年9月25日)を読んで考えたことをメモ的にまとめたいと思います。かなり徒然な内容です。

合唱団主催の演奏会の延期、中止が続き、また私自身も大学の合唱の授業は今期は全てオンラインでの開講となっており、ここ一年ちょっとの間で多数の人が集まって音楽を楽しむ、学ぶという場所が消えてしまっていることに、もう半ば慣れてしまっていました。しかし、先日のハイドン《十字架上のキリストの最後の七つの言葉》は、オーケストラを弦楽四重奏バージョンに改めるなど工夫をこらしての演奏だったとはいえ、第一生命ホールで合唱、器楽、ソリスト、聴衆のすべてが揃って、一つの時間を共有できたこと、その久しぶりの体験に、やっぱりこういう音楽が好きだと実感する本番となりました。

ここ一年ちょっとの間、ライブ、コンサートに実際に足を運んで楽しむことができなくなった機関、アーティストが模索して実践してきたのは、ライブ配信やそれに伴う録音技術の習得でした。実際に私も素人ながら録音機材、パソコン、カメラを入手し撮影や動画編集の勉強を少しずつはじめています。

新しい音楽の発信の仕方を模索する一方で、何か羽をもぎとられたような虚しい感覚も同時に感じていました。

人と人が同じ場所の空気を共有しない音楽・・・

レコーディングやオンラインライブなどを通じて、そこにちょっとした違和感を持ちながら過ごした一年ちょっとでもありました。これまで悩んできた音楽には、再生不可能な一度きりの瞬間へかける時間、思いがあり、これまで楽しんできた音楽には、共演者、聴衆と同じ音楽を共有したその唯一の瞬間の喜びがありました。

岡田氏は著書の中で「『録音された音楽』と『生の音楽』とは根本的に別ものであり、前者は『音楽』ではないことを明確にするべく、『録楽』という概念を提唱』した作曲家三輪眞弘氏の考えに沿いながら話を進めていきます。

「音楽」と「録楽」・・・どらが良いとか悪いとかいうことではなく、この二分法はとてもしっくりくるような気がしました。

岡田氏はまた、「美術や文学は音楽と違って孤独な鑑賞に向いている」が、「録楽は、美術にとても近い」と語っています。

リモートワークはプライベートな環境の中で他者と情報を共有しつつ仕事を進めていきます。「録楽」あるいはライブ配信においても、あくまで鑑賞の場はプライベートな空間。それは有名な美術作品をだれもいない美術館で鑑賞するのと同じような体験なのではないでしょうか。

 

では、「音楽」とは何か。これは難しい問題だと思いますが、今のコンサートの形(興行主が企画をし、チケットを売り、そのチケットを買えばだれでも聞きに行くことができる)が成立したのは第一次産業革命後の古典派時代のことでした(岡田氏『西洋音楽史』に詳細)。それ以前の王侯貴族だけの特権的な持ち物だった音楽が、一般市民にも開放されたというオープンな側面がある一方で、都市に住んでいるという条件は音楽を日常的に享受する上で欠かすことができませんでした。また、経済的な面を含めチケットを買うことができるということも、ある意味で条件なのかもしれません。

まとめ

「録楽」は美術鑑賞、読書と同じ個人的な体験であるのに対して、「音楽」は閉ざされた空間での集団的な体験である。

「録楽」はリモート、「音楽」はローカル

 

18世紀に起きた第一次産業革命によって、現在の音楽聴取の文化が整えられました。現在は第四次産業革命すなわちIoT(Internet of things)の時代として、すべてのモノ・コトがインターネットでつながれようとしています。そんな中で、音楽においてもリモートでの聴取体験が一般化しつつあります。私は古い人間といわれようと、ローカルな音楽体験が好きです。おそらくローカルな体験をリモートで共有するという時代になってくると思います。そうした意味で、ソロよりもデュオあるいはアンサンブルの形式の音楽がより勢いをもってくるような気がしています。ソロの体験は人々の日常の中に既にあるからです。

おうち時間、ひとり時間に慣れた私たちを、本来黙想の音楽であるハイドン《十字架上のキリストの最後の七つの言葉》が、ホールで共有する一人一人のひとり時間をおおらかに包み込んでくれました。

 

2021.8.7 戦没学徒のメッセージⅢ 戦後76年里帰りコンサートin旧奏楽堂

東京音楽学校で学びながら、学徒出陣によって命を落とした先人たち、そして彼らの学友たちの作品を東京音楽学校旧奏楽堂で蘇らせます。

私は村野弘二氏、畑中良輔氏の作品を演奏致します。

魂を込めて演奏したいと思います。

チケットは本日(6月23日)より発売開始です。皆様のご来場をお待ちしております。

「戦没学徒のメッセージⅢ 戦後76年里帰りコンサートin旧奏楽堂」

2021年8月7日15:00開演(14:00開場)

台東区立旧東京音楽学校奏楽堂

入場料3000円(全席指定)

【販売】

芸大アートプラザ(店頭販売のみ)03-3828-5669

ヴォートル・チケットセンター

チケットぴあ

イープラス

 

 

メディアとしての音楽—J.ハイドン 十字架上のキリストの最後の7つの言葉 Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze

2021年6月27日に演奏するJ.ハイドン《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》Hob.XX:2についてのまとめです。

 

①作曲の経緯

Ver.1 オーケストラ版

ハイドンは1785年頃スペイン南部の町カディスの司教ホセ・サルス・デ・サンタマリアに依頼を受けてこの作品の作曲の器楽版を作曲することになります。

カディスのサンタ・ロザリオ教会では毎年復活祭の前の聖週間に様々な祈りの儀式が行われていましたが、司教キリストが亡くなったとされる聖金曜日に地下礼拝堂で行う礼拝のために知人を通じてハイドンに作曲を依頼しました。

礼拝は、制金曜日の昼間、礼拝堂の内側に黒い布を張り巡らせて真っ暗にしたうえで、真ん中に灯りを一つだけともした状態で進められます。正午になると音楽の序奏が始められ、その後司教が壇上に上ってキリストが十字架上で語った言葉を述べ、その言葉について説明を加えました。その後、司教は壇から下り、十字架のキリスト像の前で膝まづいて黙想し、その間に音楽が演奏されました。キリストが語った言葉は7つあるため、これを7回繰り返し、最後にキリストが息絶えた後に起こったといわれる大地震の様子がい音楽で奏でられ、礼拝は終了します。

ハイドンはこの7つの言葉の内容をかみしめ、黙想に合うように遅いテンポの7つの楽章を作曲し、さらに序奏と早いテンポの「地震」の楽章をつけ加え合計9つの楽章からなる作品を作り上げました。これが《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》の最初のヴァージョンで、1787年にカディスの礼拝堂で初演されました。

 

Ver.2 弦楽四重奏版 ピアノ版

1787年夏、ウィーンの出版社アルタリア社と印刷楽譜出版の契約を結ぶにあたって、ハイドンはオーケストラ版をもとに、弦楽四重奏版の編曲を行いました。また、アルタリア社が用意していたピアノ編曲版に目を通し、オーケストラ版、弦楽四重奏版、ピアノ版の3種類の楽譜が出版されました。

 

Ver.3 オラトリオ版

この作品のオラトリオ版に最初に着手したのはハイドンではありませんでした。ドイツのパッサウの大聖堂に勤めていた音楽家、ヨーゼフ・フリーベルトは1792年から93年にかけて、ハイドンのオーケストラ版に歌詞をつけ合唱パートを付け加えました。また、司教が語ることになっていたラテン語によるキリストの7つの言葉をドイツ語に書き換え、レチタティーヴォにしました。

ハイドンは第2回ロンドン旅行(1794~95)の帰りにパッサウを通りがかった際、フリーベルトが編曲したこのカンタータ版の演奏を聴き、その楽譜をウィーンに持ち帰り1975年から96年にかけてフリーベルト編曲をもとに自身で作り直しました。ハイドンは、レチタティーヴォの部分をコラール形式の合唱に書き換え、また合唱の部分も幾分の変更を加えました。その際、オラトリオ《天地創造》《四季》の歌詞を作成したゴットフリート・ファン・スヴィーデンが歌詞の作成に協力しました。また楽器編成もフリーベルト版よりも大編成とし、1796年に完成させました。

 

②歌詞

《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》対訳

 

私感

ウィーン古典派の代表的な作曲家とされるハイドンですが、彼が生まれたのはJ.S.バッハが活躍中の1732年。彼の青年期頃までは音楽史の上ではまだバロック時代でした。絶対王政時代に王侯貴族たちの権威の発露や社交の場での音楽が多く作られたバロック時代。ハイドンもまたエステルハージ家に仕えながらも、楽譜出版を通じて、また合唱文化を通じて創作の方向性を形作っているこの作品は、古典派時代(第一次産業革命から市民階級が活躍する時代)の新しい音楽の形を象徴するものであると思います。弦楽四重奏、ピアノ、合唱、これらは新しく興った市民階級が享受した音楽だからです。

この作品の根幹にある「祈り」。それすらも、社会の変遷とともに新しい形で広がっていっている。新しいメディアとしてのハイドンの音楽は親しみやすく、世の中に自然と溶け込む姿は美しいと思います。

 

キャンディード---バーンスタインのメッセージ

1989年にバーンスタイン自身が指揮をした演奏会形式の《キャンディード》。序曲と第2幕の前にバーンスタインが観客に向けて語った内容をご紹介します。

序曲前

いやはや友人諸君、みなさんはこう思っているだろう。「また老教授の講義か」。手短に紹介だけをしておきたい。 演奏前に一言喋る気になったのは、30年いや正確には35年前にこう尋ねられたからだ。「なぜ《キャンディード》を音楽劇化するのかね」と。 質問に答えたい。作曲を担当した者としてだけでなく、皆さんと同じく歴史を見つめてきた者として。 その歴史も特に18世紀を中心として「啓蒙の時代」といわれた時代。ヴォルテールが生き、著作とと共に人々を啓蒙した時代だ。 代表作は薄っぺらいが、内容は手強い『カンディド』。劇作家のリリアン・ヘルマンと私は共同で音楽劇化を試みた。 原題は『カンディドーーーあるいは楽天主義説』であり、彼がその本で痛烈に皮肉った当時の主流思想が「楽天主義」。その思想を最初に捉え体系化したのがG・W・ライプニッツ。アレクサンダー・ポープがそれを広めた。ポープは『人間について』でこう書いている。「何であれ、今あることは正義である」。ライプニッツとポープの言うところによれば、創造主は善なるものである。最善なる創造主が作る世界は可能な限り最善の世界である。何であれ、今あることは正しいわけだ。 この世では確かに、罪なき者が殺され、罪人は罰されない。病気や死や貧困がある。だか、神の計画である全体像を見ることができれば、すべては最善であることがわかるとライプニッツは考えた。 ヴォルテールは当然そんな思想はおかしいと考えた。特に1755年のある日、ポルトガルのリスボンが大震災で全壊し、無数の人々がガレキに埋められ、生きたまま火に包まれた。全滅だ。 ヴォルテールは言う「ライプニッツが正しいのなら、神々は嬉々として殺虫剤を撒き散らし、何百万の蚊を殺していることになる」。リスボンの不幸を見かねたヴォルテールは、カンディドを書き、あらゆる既成の権力を痛罵した。王室、軍人、商人を揶揄し、とりわけ異教徒を火刑にする教会権力を痛烈に皮肉った。神への供儀の火刑だった。 ヴォルテールは言う「宗派宗教は常に争いを煽動し続け、楽天主義を信じさせる。楽天主義は諦観と無気力を生み出し、変化し、進歩し、不正に対抗する人間の力を抑制し、よりよい世界の実現に寄与するものの創造を禁じるのだ。」 皆さんが退屈している講義の下調べをする途中で私は、ヴォルテールの“イズム”を簡潔にまとめた文章を発見した。 以下引用 「ヴォルテールは折衷主義者。彼が統合したのは克己主義と快楽主義と懐疑主義である」 それでは序曲を‼︎

第2幕前

正義にして善。すべては正しく善である。また老教授の講義になるが、それは本当だろうか?
悪の兆しは何処にもある。天災や予期せぬ惨事は別にするとしても、われわれ人間が故意にする悪事はどこにでも見られるではないか。「考えられる限り最善」のこの世界の随所に。
最悪なのはリリアン・ヘルマンがテーマに選び、音楽劇によって訴えたかったもの、今では記憶に薄れつつある悪夢”マッカーシズム”という愚行だ。
第1幕で見たスペインの宗教裁判そっくりの”イズム”。血も凍る恐怖。
それはわれわれの世紀の50年代の初期のことだった。リスボンの事件からちょうど200年後のことだ。アメリカを代表するすべての良き文化が弾圧された時代。
弾圧者はウィスコンシン州出身の上院議員。ジョセフ・マッカーシーとその手下どもだった。ハリウッドも狙われた。諸君が生まれる前の話だ。
映画人のブラックリスト、テレビ番組の検閲、失業と自殺と国外追放の時代。共産主義者の疑いがある人物を知っているだけで旅券発行停止。私も自国の政府から旅券発行を拒否された。
ヴォルテールも同じように旅券発行を拒否されている。彼の返答は風刺とあざけりだった。笑いを通じて読者が得たのは自己認識と自己を主張する精神。その精神から議論が生じる。議論や論争こそ、つまりは民主主義のいしずえなのだ。
だからリリアンと私は原作の辛辣な機知と知恵に魅了され、作詞家のJ・ラトゥーシを誘い音楽劇化の作業に着手した。第1幕の梅毒の歌を書いた奇才だ。
もう1曲の梅毒の歌でやや誇張した詩を書いた男はこれもすぐれた作詞家のR・ウィルバー。亡くなったが合衆国の桂冠詩人だった。その2人以外にも大勢の詩人が改訂に次ぐ改訂の面倒な作詞作業に貢献している。
たとえばH・プリンス、S・ソンドハイム、J・マルチェアリ、J・ミラー博士、わたしも書いているがそろそろパングロスの名調子に譲りたい。

2021.2.17 BSS山陰放送「なまラテ」出演

先日2月17日、BSS山陰放送「なまラテ」に出演させていただきました。

今回で3回目の出演で月一順レギュラーの次に出演回数が多いとのこと。

山陰地方の産業、今の魅力を一歩踏み込んで発信されるこの番組。パーソナリティの中島早也佳さん、宇田川修一さん、藤井美音さん、皆さんの明るく楽しいキャラクターも大好きです。

これまでリモート出演でしたが、いつかスタジオにお邪魔させていただけたら最高です。

https://www.bss.jp/namarate/

2021.3.13 ハミングホール開館20周年記念 バーンスタイン《キャンディード》

ハミングホール開館20周年記念 バーンスタイン《キャンディード》にパングロス役で出演致します。

原作者ヴォルテールが批判しようとしたのは、ライプニッツの唱える楽天主義。その楽天主義を体現したのが私が演じるパングロス博士です。

「今あることは全て正義である」とパングロスは説きます。

ではなぜ、この世では罪なき者が殺され、罪人は罰せられないのか??

楽天主義は諦観と無気力を生み出すのではないのか??

王室、軍人、商人、教会権力を痛烈に皮肉ったヴォルテール。

オペラともミュージカルとも捉えられる独特なスタイルのこの作品。

オペレッタ、ジングシュピール、ヴォードヴィル、レビュー…オペラとミュージカルの間にある芸術に共通するのは痛烈な批判精神です。

バーンスタインの音楽と共に、この作品を作り上げることがとても楽しみです。

 

バーンスタイン「キャンディード」(コンサート形式)
2021年3月13日(土)
開場14:00 開演15:00 大ホール
〈全席指定〉一般:7,000円 友の会:6,500円
※未就学児入場不可

[音楽]L.バーンスタイン
[演出]田尾下哲
[指揮]横山奏
[出演]
大田翔(キャンディード)
田中俊太郎(パングロス)
鈴木玲奈(クネゴンデ)
成田伊美(オールドレディ)
今井学(マキシミリアン) ほか
[朗読]石川界人(声優)
[管弦楽]東京21世紀管弦楽団

主催:東大和市民会館ハミングホール

 

チケット情報はこちらまで。

 

2021.2.13 KHC第3回演奏会 J.S.Bach《ヨハネ受難曲》終演

KHC第3回演奏会 J.S.Bach《ヨハネ受難曲》終演いたしました。
コロナの影響により延期の末、最善を尽くし公演を迎えることができたこの演奏会。合唱団の皆様の熱意、ご来場の皆様のご理解…今ホールで音楽を奏でることの幸せに浸る時間でした。
合唱から声楽の道に入った人間の一人として、今回の演奏会に関わらせて頂けたことに万感の思いです。
ポジティブに、愛をもってこの合唱団に関わられている全ての皆様に尊敬の念をもって帰途につきました。
またこの作品とご縁があるよう、精進精進。

2021.2.6 中日新聞「分断を越える人の絆 藤原歌劇団 原点の『ラ・ボエーム』上演」コメント掲載

本日の中日新聞に、大学院時代に勉強した作曲家、江文也(こうぶんや)についてコメントさせて頂いた記事が掲載されています。

台湾出身の江は東京音楽学校選科で学んだ後、声楽、作曲ともに音楽コンクール(日本音楽コンクールの前身)で入賞、声楽家、作曲家として活躍しました。
江が関わったのが藤原義江率いる藤原歌劇団の第一回公演プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》でした。この時江が演じたのは音楽家ショナール。
スコットランドの血を汲む藤原義江と、台湾出身の江文也。共に日本の楽団の周縁にいながら音楽活動に情熱を燃やしました。
とても熱い時代、熱いボエームだったと思います。

本日観劇は果たせませんでしたが、1934年の日比谷公会堂と、2021年今この瞬間愛知県芸術劇場で繰り広げているボヘミアンたちの物語に想いを寄せつつ。

https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/detail/000322.html

2021.2.14〜28(配信期間) KY OPERA AIRドニゼッティ『愛の妙薬』ハイライト・配信公演

KY OPERA AIR
ドニゼッティ『愛の妙薬』
ハイライト・配信公演 に出演いたします!!

【日時】
2021年2月14日(日)15時より オンライン配信
2021年2月28日(日)まで視聴可能

【キャスト】
アディーナ / 高橋 維(たかはし ゆい)
ネモリーノ・進行/ 山本 耕平(やまもと こうへい)
ベルコーレ / 田中 俊太郎(たなか しゅんたろう)
ドゥルカマーラ / 後藤春馬(ごとう かずま)
ピアノ / 矢崎 貴子(やざき たかこ)

【配信】
演奏部分は事前収録を行い、解説・トーク部分は生放送でお送りします。
生放送終了後、見逃し配信が可能になるまでは2時間ほどご視聴頂けない
時間帯が出来る可能性があります。

【チケット】
・一般チケット 3000円(税抜)
https://ticket.tsuku2.jp/eventsDetail.php?ecd=21172052000112

・サポーターズチケット 7000円(税抜)
KYシリーズの運営を応援するよ!という方向けの特別視聴チケットです。
ご購入頂いた方には後日当公演の簡易記録ディスクをお送りします。
https://ticket.tsuku2.jp/eventsDetail.php?ecd=41002051221171

・学生・同業者・研修生向けチケット 500円(税込)
このチケットは、身分証等チェックしたりはしない自己申告制となっております。
チケット代は私達へのエール代(ビール代!?)としてぜひカンパしてください!
https://ticket.tsuku2.jp/eventsDetail.php?ecd=41002051221171

【ご購入後の流れ】
公演の1時間前を目安に、ご購入ページから登録頂いたメールアドレスに
視聴URLをお送りする予定です。

みなさまのご来場(ご視聴)心よりお待ちしております!

PRページ(山本耕平ブログ)
https://ameblo.jp/yamamotokohei-blog/entry-12649813526.html

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SNS用
ドニゼッティ『愛の妙薬』の抜粋&オンライン公演
2月14日(日)15時から。ぜひご予定ください!

https://ameblo.jp/yamamotokohei-blog/entry-12649813526.html