音楽稽古開始から約3ヶ月間の稽古期間を経て《あしたの瞳》、無事終演致しました。
作曲家の宮川彬良さんのレッスンからは言葉以前にある母音、音を音楽にしていく過程に楽しみに気づかせていただき、演出家の岩田逹宗さんの舞台稽古から、歌は他ならぬ人間の肉体を使った身体表現であることに気づかせていただきました。
岩田さんの稽古中に「ようやく日本に本物のオペラが現れたと思っている」という言葉がありましたが、これは全く共感しました。おそらく稽古場にいた誰しもがそれを実感し、本番までのエネルギッシュな毎日を過ごしていたように思います。
ミュージカル作品において、《RENT》は現代のジェンダー、HIVなどの社会問題を訴え、《ミス・サイゴン》ではベトナム戦争で残された人々の真実を描き、《Into the Woods》では東西冷戦を含めた価値観の齟齬、立場による善悪の捉え方をテーマとしました。そうした20世紀的な出来事の真実を世に問うようなメッセージは、確かにオペラがミュージカルに譲ってしまっていることでもあるかもしれません。
古くて素晴らしいもの….ニッチでわかる人にしかわからないもの….いつしかそうなってしまったクラシック音楽の枠を本当の意味でうち破るのはそう簡単ではないのではないでしょうか。
しかし、今回関わらせていただいた作品は力強く、そして楽しく魅力的に新しい可能性を与えてくれていると実感しています。
《あしたの瞳》は、20世紀戦後の日本のものづくりの物語です。
日本が国として経験した敗戦…そこから今日この日に至るまで、どれだけ多くの人の「あした」があったことでしょうか。敗戦から今日に至るまで、たくさんの先人たちが「あした」を実現してきました。
この物語のモチーフであるメニコン創業者の田中恭一氏(劇中では田宮常一)もそうした先人の一人。
主人公常一を通じて語られるのは、何も無くなった焼け野原から、ものを作り時代をつくってきた20世紀日本人の姿です。
時代を物語り、未来に希望を与えてくれるこの作品に関わることができ、とても幸せでした。
全身で向かい合うからこそ見えてくるものがある。僕自身も、このオペラとの関わりから一つの「あした」を与えてもらったような気がしています。